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広島地方裁判所 平成7年(ワ)216号 判決 1996年12月04日

原告

株式会社安芸重機工業

右代表者代表取締役

岩田昭治

右訴訟代理人弁護士

倉田治

原田武彦

被告

五日市運送株式会社

右代表者代表取締役

益田京子

右訴訟代理人弁護士

久保豊年

加藤寛

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一一二七万四三〇〇円及びこれに対する平成七年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告及び被告は、貨物運送事業等を営む会社であるが、被告は、原告の下請けとして、原告からの依頼に応じ、重機等の運送の仕事を継続的に行っていた。

2  被告は、昭和六三年五月から平成三年四月までの間、原告の下請けとして貨物の運送をしたとして、原告に対し、別紙一覧表の「総請求額」欄記載のとおり運送代金の支払を請求し、原告は別紙一覧表の「支払い金額」欄記載のとおり、被告に支払った。

3  ところが後日、原告が被告からの請求書を精査した結果、その中の一部に原告が依頼した事実もなければ被告が運送した事実も全くない、架空の請求が含まれていることが判明した。

右架空請求に基づいて原告が被告に支払った金額は、別紙一覧表の「うち、架空請求分」欄中の「請求金額」欄記載のとおりであり、その合計額は一一二七万四三〇〇円である。

したがって、被告は右金員を不当に利得し、原告は同額の損失を受けたことになる。

4  よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、一一二七万四三〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

三  被告の主張

1  運送契約の成立

本件は、原告のもと取締役であったM(以下「M」という。)が、被告の取引先である広島重配株式会社(以下「広島重配」という。)の代表取締役T(以下「T」という。)と共謀して、Mが直接Tに架空の運送指示を出し、他方、被告へはTからあがってくる右運送代金を原告に請求するように指示したうえで、Tが被告に対し運送代金の請求をするという一つの詐欺事件であり、被告は、原告の言われるままに請求書を出していたにすぎない。

Mは原告の代表権を有していなかったものの、外観上全ての運送発注行為を対外的に行っている取引状況に鑑みると、民法四四条一項、同七一五条の報償責任の法理からして、Mの不法性は原告の不法性と同視すべきであり、原告は架空の運送発注であることを知りつつ、被告に対して運送発注の意思表示をなしたものといえるから、運送契約は原告の心裡留保として有効である。

仮に、Mの右行為が発注の代理権限を越えていたとしても、表見代理として有効に運送契約は成立している。

2  非債弁済

右のように、Mは架空請求の支払ということを充分知りつつ、被告に対し本件運送代金を支払ったものであり、Mは、原告代表者から運送の発注・代金決定・支払について包括的な代理権を付与されていたのであるから、Mの悪意は原告の悪意と同視すべきであり、原告は、被告に運送代金の返還を求めることはできない。

3  不法原因給付

Mが詐欺罪に該当する不法行為をした事実は明白であり、前述のとおり、この不法性は原告の不法性と同視できるから、右詐欺行為によって被告に支払った運送代金は不法原因給付に該当し、被告に対し返還請求することはできない。

4  不当な利得の不現存

被告は、原告から支払われた運送代金の約一〇パーセントの運送手数料を除いて広島重配に支払った。被告が平成元年から平成三年四月までの約二年間(平成元年以前については資料がないので不明)に取得した運送手数料は、合計六六万二〇〇〇円である。

そして、右運送手数料については、広島重配と原告との間の取次ぎ業務の対価であるから、法律上の原因は存し、不当利得にはならない。

5  禁反言・信義則違反

本件はMとTが通謀して被告を道具として利用して不法な利益を得たものであり、Mの不法性は原告の不法性と同視すべきであるから、運送の履行がないことを理由に、被告に対し運送代金の返還請求をすることは禁反言・信義則に反する。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  運送契約の成立について

民法九三条の「表意者」とは、法人である原告をさすところ、原告はMが被告に架空の運送契約を発注していたことを知らなかった(善意)から、本件については、民法九三条本文の適用はない。

仮に原告が架空運送につき悪意であったとしても、本件で架空請求とされている請求は、すべて事後的に被告以外の者により運送が履行済みであるとして、請求書を原告にあげるようMなどから被告に要請があったものであるから、被告はMが被告に実際に運送を依頼するのではなく、被告をいわばトンネルとして利用していること、被告においては実際に運送(あるいはその取次ぎ)を行わなくても良いことを当然に知っていたものであるから、民法九三条但書が適用される。

よって、本件運送契約は成立していない。

2  非債弁済について

原告においては、代表者である岩田昭治(以下「岩田」という。)が支払の決裁を行い、同人の決裁がなければ経理担当において支払ができないような体制がとられていた。

対外的にも、本件不正請求が行われた期間中、原告の代表者は岩田であり、Mは単なる取締役であって、形式的にも実質的にも会社の代表権を有していなかった。

したがって、非債弁済の要件である給付者の悪意の判断は、原告代表者である岩田を基準とすべきである。

そして、岩田は、本件架空請求については善意であったから、非債弁済は成立しない。

3  不法原因給付について

Mが不正行為を行っていたとしても、それは代表権や決裁権を持たない者の不正行為であり、これを原告の不正行為であると評価することはできない。

4  不法な利得の不現存について

被告が広島重配に対し、運送手数料を支払ったとしても、原告に対する関係で不当利得額を減ずる根拠にはならない。このように解しなければ、原告は広島重配等の被告の取引先を探しだし、被告の手数料を差し引くなどして不当利得返還請求しなければならなくなるが、被告がどこにいくら支払ったか、あるいはその手数料がいくらだったのかは原告にとって全く知らないことであり、原告に対して不可能を強いることになる。

よって、原告から被告に交付された不正請求分の支払の全額が被告の不当利得となるというべきである。

また、運送手数料の利得について、実際に取引が行われた場合はともかく、本件のような架空取引の場合まで被告が利得を保有すべき理由は全くないし、被告が実際に契約どおりの運送を行った事実もないから、対価性もない。

5  信義則違反の主張について

原告は、下請会社と通謀した事実は全くなく、それによって何らの利益も得ていない。Mやその他の者の行為によって原告が受けた損失を被告が利得している限度で返還請求したところで、信義則に反している点は全くない。むしろ、全くの架空請求に基づいて被告が利得を得ることの方が正義に反している。

第三  当裁判所の判断

一  原告と被告間の取引関係(請求原因1)及び原告の運送代金支払状況(同2)は当事者間に争いがない。

二  架空請求(請求原因3)の存否について

1  右争いのない事実、証拠(甲一ないし三〇(枝番を含む)、乙一ないし三、証人加茂允規、同西元幸男、原告代表者岩田昭治)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、主に重機の運送を業として行う会社であり、昭和五八年頃から被告と取引を始め、被告に対し、継続的に重機運送の下請業務を発注していた。

被告は、建設機械の運搬、油の輸送を業として行う会社であり、昭和六〇年頃から同じく運送業を営む広島重配と取引を始め、主として長距離輸送の補填の必要から、同会社に対し、運送の下請業務を発注していた。

(二) Mは、昭和六三年一月、原告の常務取締役に就任し、原告の運送部門における受発注、請負貨物運送代金の請求及び下請貨物運送代金の査定等の業務に従事していた者であるが、その頃、自己のために費消できる金員を得る目的で、下請会社から架空の運送代金請求書を原告に送付させ、これをあたかも真正な請求書であるかのように装い、原告代表者岩田をしてその旨誤信させ、原告から下請会社に運送代金名下に金員を振り込み送金させた後、下請会社からその金員を取得するという手口による詐欺を行うことを企てた。

そして、昭和六三年二月から八月頃までの間、架空会社である東部産業名義等による架空運送代金請求書を広島重配のTに送付し、右架空運送代金請求書に基づき、広島重配が原告の下請けとして運送をなしたこともないのに、これをなしたように装った内容虚偽の運送代金請求書を原告に送付させ、岩田をして右請求書の内容が真実であると誤信させて請求金額を騙取する詐欺を反復して行った。

(三) ところが、同年九月頃、岩田は、広島重配は自社でトラックを持たないいわゆるみずや(貨物運送取扱業者)であるので、事故が起きた場合、原告が賠償責任を負いかねないという懸念から、広島重配との取引を停止させたため、Mは、広島重配名義の請求書に基づいて岩田の支払決裁を受けることができなくなった。

そこでMは、広島重配との取引の中間に被告を介在させることを考え、たまたま、原告との間で一か月に一八〇ないし二〇〇件の取引(発注)があった西中国キャタピラー三菱建機販売株式会社(以下「キャタピラー三菱」という。)が原告に請求書綴りの作成を任せていたことから、キャタピラー三菱から発注が全くないのにあったような注文書を偽造し、この注文書に基づく架空運送代金請求書を広島重配から被告に送付させ、それに基づく運送代金請求書(被告の中間マージンを上乗せしたもの)を被告から原告に送付させ、これに基づいて、岩田に右架空運送代金が真実発生したものと誤信させて支払決裁をさせて、金員を騙取する方法を採ることを思いつき、被告の重機部部長である西元幸男に対し、「岩田社長が広島重配を使うなと言っているが、広島重配には遠距離の運送を頼んでいるのでいきなり取引をやめるわけにもいかないので、被告の方に広島重配の請求書を上げさせるからうちに請求してくれ。」等と言って、原告に請求書を出すように依頼した。

そして、Mは、昭和六三年一〇月頃から平成元年六月頃までの間、キャタピラー三菱からの架空運送の発注書を偽造し、被告に対しては「広島重配に運送をさせたから運賃はこれでやってくれ。」と具体的金額を指示した。

被告は、Mから指示された金額の請求書を原告に送付し、広島重配に対しては、右金額から五ないし一〇パーセントの運送手数料(マージン)を差し引いた金額の請求書を送付させ、同会社に右金額を支払った。

(四) このようにして、Mは、昭和六三年一二月二〇日から平成元年八月二一日までの間、九回にわたり、岩田に対し、内容虚偽の査定書を自ら作成したうえこれに被告から送付された右請求書を添付して提出し、岩田をしてその旨誤信させて支払決裁をさせ、請求金額一三四〇万六六一五円から、原告の被告に対する債権額等合計四二五万五五七五円(債権額合計四二四万八二三〇円、値引金額合計七三四五円)を差し引いた九一五万一〇四〇円について、原告振出名義の約束手形合計九通を被告に交付させてこれを騙取した。

その結果、原告は、架空運送分である五三九万四〇〇〇円について損害を被り、他方、被告は、右金額分相当の利得を得た(別紙一覧表番号4から12の「うち、架空請求分」)。

(五) なお、Mは、平成三年四月に原告の代表取締役に就任したが、平成四年八月、右の詐欺事件が原因で退職し、平成六年七月二七日、右事件等で起訴され、平成七年三月一日、有罪判決を受けた。

2  右認定事実によれば、被告は、別紙一覧表番号4から12の架空の運送取引に基づき、合計五三九万四〇〇〇円を原告の損失において、なんら法律上の原因がないのに利得したものというべきである(なお、別紙一覧表の1ないし3及び13ないし25の取引が架空運送であったことについては、いまだ証明が十分ではなく、本件証拠上、これを確定することができない。)。

よって、被告は、その主張(抗弁)が認められない限り、右五三九万四〇〇〇円を原告に返還しなければならない。

なお、仮に右認定額を超える不当利得金が認められるとしても、その認容分についても、被告は後記三の主張(非債弁済の抗弁)をしているものとみるのが相当であるから、結局、右認容分を含めた原告の請求の当否は、後記三の被告の主張に対する判断に服することになる。

三  被告の非債弁済の主張について

被告は、仮に本件運送契約が架空のもの(運送契約の不成立)であったとしても、Mは、架空請求についての支払ということを十分知りつつ、被告に対して本件運送代金を支払ったものであり、Mの悪意は原告の悪意と同視すべきであるから、原告は、被告に対し、本件運送代金の返還請求はできない、と主張する。

1  原告、被告間に前示認定の架空運送代金請求にかかる有効な運送契約が成立したと認められるか否かの点(被告の主張1及び原告の反論1)についての判断はさておき、まず、被告主張の非債弁済(民法七〇五条)の抗弁について検討する。

(一) 一般に、同条にいう「債務ノ存在セサルコトヲ知リタル」給付者とは、法人の場合、法人のために対外的活動を担当する機関(例えば法人の代表機関とか法人を代理する権限を有する者)を基準とし、右機関が悪意なりや否やによって決せられるべきものであるとするのが判例、学説上の支配的見解である。

しかしながら、代表機関が知らない限り法人として善意だとすることは、会社その他機構の複雑な法人については実情に適さない解釈であって妥当でなく、法人の機関ではない被用者の行為であっても、当該法人の職務機構によって担当する職務に関してなされた行為とか、代表機関の命令、指示、委任又は承認を得てなされた行為、その他代表機関の選任監督の責任の及ぶ範囲内の行為については、被用者の悪意はとりもなおさず法人の悪意となり、法人に対しその効果を及ぼすものと解するのが相当である。

右のように解することが、当該法人の職務機構によって担当する業務についてなされた被用者の行為は、法律行為については表見代理の法理により法人に対して効果を生じ、事実上の違法行為については法人の賠償責任を生ずるものとする近時の理論との調和を図る所以であり、また、自己の支配に属する人的組織(民法七一五条の被用者の範囲と同じ)によって自己の事業活動を拡張する者は、それに基づく有利な効果だけではなく、不利な効果をも甘受しなければならないという信義則上の要求にも適合するからである。

(二) これを本件についてみれば、前示のとおり、Mは、昭和六三年一月から原告の常務取締役に就任して原告の運送部門における受発注、請負貨物運送代金の請求及び下請貨物運送代金の査定等の業務に従事し、昭和六三年一〇月頃から平成元年六月頃までの間にキャタピラー三菱名義の架空運送の発注書を偽造し、原告の下請けである被告に対し、孫請けである広島重配に運送をさせたとして運送代金の具体的金額を指示したうえ、右金額の請求書を被告から原告宛に送るよう指示してこれを送付させ、昭和六三年一二月二〇日から平成元年八月二一日までの期間中、前後九回にわたり、情を知らない原告代表者岩田に対し、内容虚偽の査定書を自ら作成したうえこれに前記請求書を添付して提出し、岩田をしてその旨誤信させて支払決裁をさせ、原告振出名義の約束手形合計九通(額面九一五万一〇四〇円)を被告に交付させてこれを騙取したというのであり、右事実関係の下では、Mが、前示不正行為により、下請けの被告に対し、運送代金債務が存在しないことを知って運送代金名下に岩田をして支払決裁させた行為は、原告の被用者であるMの担当する職務に関してなされた行為であることが明らかであるから、被告に対する右運送代金の支払は、Mを選任監督すべき責任のある原告代表者岩田が運送代金債務の存在しないことを知って支払ったことになり、原告は、右運送代金名下に被告に支払った金員の返還を被告に対し請求することはできないというべきである(これを実質的に考えても、Mの不正行為によって原告が損害を被ったとしても、原告としてはMを相手方として右損害補填の手段を講ずるのが筋合いであって、これにより損害補填の目的が達せられないときは、被用者であるMの前示行為に対し選任監督の責任を負う原告としては、もはや右損害を甘受するほかはなく、原告の右責任を他に転嫁し、取引の相手方である被告に対しその損害の補填を求めるのは、被告がMの不正行為に加担し、又はこれを容認していた等の特段の事情がない限り、信義則上相当でない。)。

(三) もっとも、原告は、被告はMが被告に実際に運送を依頼するのではなく、被告をいわばトンネルとして利用するものであること、被告において実際に運送(又は運送の取次ぎ)を行わなくてもよいということを当然知っていた旨主張する。

証人加茂允規の証言中には、原告の右主張に沿うかの如き供述部分があるが、右の点に関する同証人の供述は単なる憶測の域を出ず、具体的事実を挙げて右主張を裏付けるものではないこと、同証人は、被告の誰かがMと通謀したことで刑事事件になっている旨供述しながら、後にこれを撤回していること、被告及びその内部の者がMの不正行為の関係で刑事事件に問われた形跡は本件証拠上認められないこと、証人西元幸男は、証人加茂允規の右供述に反する内容の供述をしていること等に照らせば、証人加茂允規の証言はたやすく信用できないし、これと同旨の原告代表者の供述も、証人加茂允規の右供述の域を出るものではなく、いまだ原告の右主張を裏付けるに足りず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

2  以上のとおりであって、被告主張の非債弁済の抗弁は理由があるから、原告の本訴請求は、さらにその余の点につき判断を進めるまでもなく理由がない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松村雅司 裁判官金村敏彦 裁判官村上未来子)

別紙<省略>

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